石破総理大臣の後任を選ぶ自民党総裁選挙は、5人が立候補し、10月4日に投開票が行われます。
候補者の経歴・プロフィールを詳しく伝えます。

小林鷹之氏

小林鷹之氏は衆議院千葉2区選出の当選5回で、50歳。
旧二階派出身で、総裁選挙には去年に続いて2回目の挑戦です。
東京大学を卒業したあと、1999年に当時の大蔵省に入省し、アメリカ・ワシントンの日本大使館に出向していた際、日本の存在感の低下に危機感を覚え、政治の世界に飛び込むことを決意しました。
当時、野党だった自民党の谷垣総裁に長文の手紙を書き、立候補を直談判したといいます。
2012年の衆議院選挙で初当選し、4年前に岸田内閣が発足した際に当選3回で経済安全保障担当大臣として初入閣しました。
「いつかは国のかじ取りを担いたい」と総理大臣を目指すことを公言していた小林氏は、中堅・若手議員からの支持も受けて、去年、初めて総裁選挙に立候補しましたが、1回目の投票で9人中5位となりました。
石破政権では主要な役職には就かず、みずからを座長とする政策勉強会を立ち上げるなどして支援を受けた議員らとのつながりを維持してきました。
保守的な政治信条を持つことで知られますが、小林氏自身は、異なる意見に対しても寛容な「穏健な保守」の立場をとっているとしています。
モットーは「世界をリードする日本をつくる」。
経済と安全保障を両輪に国力を上げるため、イノベーションと教育が重要だと訴えています。
小林氏はサラリーマン家庭の長男として生まれ、開成高校を卒業後、東京大学に入学。
ボート部で合宿所生活を送り、4年生のときには主将を務めました。
1メートル86センチの長身で、中学・高校時代はバスケットボールに打ち込みました。
体力には自信があるといい、趣味はマラソンで、ベストタイムは3時間50分だということです。
早朝に地元・千葉の駅頭に立ってあいさつとビラ配りを行うことを習慣としています。
祭りでみこしを担ぐ「御輿渡御」も生きがいだといいます。
「コバホーク」の愛称で知られ、去年の総裁選挙ではオリジナルの楽曲も作られました。
知名度の向上を図ろうと、YouTubeでトークライブを行うなどSNSでの発信にも力を入れています。
茂木敏充氏

茂木敏充氏は、衆議院栃木5区選出の当選11回で、69歳。
総裁選挙には去年に続いて2回目の挑戦です。
東京大学を卒業したあと商社や新聞社、外資系コンサルタント会社での勤務を経て、1993年の衆議院選挙で初当選しました。
2003年、小泉内閣で、当選3回で沖縄・北方担当大臣、科学技術担当大臣として初入閣しました。
安倍内閣では、経済産業大臣や経済再生担当大臣、外務大臣を歴任したほか、党でも政務調査会長や選挙対策委員長を務めました。
経済再生担当大臣を務めた際には、1期目のトランプ政権と日米貿易協定の交渉にあたり、トランプ大統領から「タフ・ネゴシエーター」と称されました。
岸田政権で党の幹事長を務め、当時の岸田総理大臣や麻生副総裁と3年間で80回以上会談するなど3人が緊密に連携し「三頭政治」とも呼ばれました。
そして去年9月、初めて総裁選挙に立候補しましたが、1回目の投票で9人中6位となりました。
その後、石破政権では、主要な役職には就かず、YouTubeやTikTokなどのSNSを活用した政策の発信などに取り組んできました。
茂木氏は「平成研究会」=茂木派の会長を務めていましたが、党の政治とカネの問題を受けて茂木派は、ことし1月に正式に解散しています。
茂木氏の政治信条は「過去と自然は変えられないが、未来と社会は変えることができる」だということです。
茂木氏は親族に政治家はおらず、いわゆる世襲の議員ではありません。
霞が関の官僚が舌を巻くほどの記憶力の持ち主とされ、東京大学の入試に遅刻しながら合格したという逸話を持ちます。
党内でも屈指の政策通として知られる一方「自身の能力が高いが故に部下への要求水準も高い」と話す関係者もいます。
豊富な政治経験がある一方、知名度の向上が課題だとして、去年、総裁選挙に敗れて以降はSNSで自宅を公開するなどプライベートな一面の発信も強めてきました。
趣味はゴルフやドラマ鑑賞で、ワインにもこだわりがあります。
学生時代に好きだった科目は世界史で、憧れの職業は考古学者。
海外で王の墓を探すことが目標だということです。
林芳正氏

林芳正氏は衆議院山口3区選出の64歳。
旧岸田派出身で、総裁選挙には2012年と去年に続いて3回目の挑戦です。
東京大学を卒業後、商社での勤務や大蔵大臣を務めた父・義郎氏の秘書官などを経て、1995年の参議院選挙で初当選しました。
参議院選挙には5回連続で当選し、この間、防衛大臣や農林水産大臣、文部科学大臣などを歴任しました。
そして、4年前の衆議院選挙で参議院議員を辞職し、山口3区から立候補して初当選しました。
岸田内閣では外務大臣としてロシアによるウクライナ侵攻をめぐる対応やG7広島サミットの開催などに尽力したあと、おととし12月、派閥の政治資金パーティーをめぐる問題で辞任した松野前官房長官の後任の官房長官に就任しました。
去年の総裁選挙では官房長官を務めながら選挙戦を戦い、所属していた旧岸田派の議員を中心に支持を集めましたが、1回目の投票で9人中4位となり、決選投票に進めず敗れました。
その後、石破内閣でも引き続き官房長官に起用され、アメリカのトランプ政権の関税措置をめぐる一連の対応などに中心となって取り組んできました。
林氏は安定した答弁に定評があり、経済・財政政策や外交・安全保障政策、農林水産行政など幅広い政策に通じていることでも知られています。
「人にやさしい政治、『仁』の政治」をキーワードに掲げています。
林氏は学生時代にバンド活動を始め、現在も同僚議員らとバンドを組んでチャリティー演奏会を開いたりコンサートで指揮者を務めたりするなど政界屈指の音楽好きで知られています。
外務大臣時代にはイギリスでのG7の夕食会でジョン・レノンの代表曲「イマジン」をピアノで即興で披露して注目を浴びました。
英語が堪能で、海外の要人との会談では通訳なしでやりとりすることもあります。
不祥事などで閣僚が辞任した際の後任として起用されるケースがたびたびあったことから、永田町では1月19日の誕生日にちなんで「政界の119番」とか「火消し役」などと呼ばれています。
座右の銘は「不易流行」。
最近、夫人の勧めでピックルボールを始め、官房長官としての危機管理対応のかたわらつかの間の運動を楽しんでいます。
高市早苗氏

高市早苗氏は、衆議院奈良2区選出の当選10回で64歳。
総裁選挙には、2021年と去年に続いて3回目の挑戦です。
神戸大学を卒業したあと、松下政経塾で学び、テレビ番組のキャスターなどを経て、1993年の衆議院選挙に無所属で立候補し、初当選しました。
旧新進党などに所属したあと、1996年に自民党に入党。
その後、2003年の衆議院選挙で議席を失いましたが、2年後の選挙で郵政民営化に反対した相手候補の「刺客」として立候補し、勝利しました。
保守的な政治信条で知られ、初当選が同期の安倍元総理大臣と近く、第1次安倍内閣で沖縄・北方担当大臣として初入閣し、第2次安倍内閣では女性初の党の政務調査会長に起用されました。
その後、総務大臣を歴代最長の在任期間となる1438日にわたり務めました。
岸田内閣では経済安全保障担当大臣として重要な情報へのアクセスを限定する「セキュリティークリアランス」制度の創設などに取り組みました。
去年の総裁選挙では、1回目の投票で9人の候補者の中で最も多い党員票を獲得し、全体でもトップとなりましたが、決選投票で石破総理大臣に逆転されて敗れました。
石破政権では主要な役職には就かず、YouTubeで政策を発信してきたほか、全国各地で講演会を開催するなどの活動を続けてきました。
高市氏は奈良県内の共働きの家庭で育ち、地元の県立高校を経て神戸大学へ入り、家庭教師などのアルバイトで学費を稼ぎながら学びました。
熱心な阪神ファンで、趣味は音楽、オートバイ、ドラマ鑑賞など多岐にわたります。
学生時代にヘビーメタル・バンドでドラムを担当したことがあり、アーティストとの親交もあります。
大量の資料を持ち帰って読み込む勉強家として知られますが、同僚議員と食事をすることが多くないといった声もあり、近しい議員らとの勉強会などを重ねてきました。
目標とする政治家は「鉄の女」とも呼ばれたイギリスのサッチャー元首相。
「不人気な政策でも国家のために必要と思ったら信念を持って取り組む姿勢が好きだ」としています。
生まれ変わったらなりたい職業は女優だということです。
小泉進次郎氏

小泉進次郎氏は衆議院神奈川11区選出の当選6回で44歳。
総裁選挙は去年に続いて2回目の挑戦です。
大学卒業後、アメリカのシンクタンクCSIS=戦略国際問題研究所の研究員を経て、父親の小泉純一郎・元総理大臣の秘書を務めました。
2009年の衆議院選挙で純一郎氏のあとを継いで立候補し、28歳の若さで初当選しました。
党の農林部会長として農協改革に取り組んだほか、子育て支援にも力を入れ、保険料を財源に幼児教育を実質的に無償化する「こども保険」の導入を提言しました。
2019年に、安倍内閣で戦後3番目の若さとなる38歳で環境大臣として初入閣し菅内閣でも再任されました。
早くから将来の総理大臣候補の1人と目され、党の総裁選挙では常に動向が注目されてきました。
去年の総裁選挙に初めて立候補し、1回目の投票で9人の候補者の中で最も多い国会議員票を獲得しましたが、全体では3位となり決選投票に進めず敗れました。
石破政権の発足に伴い党の選挙対策委員長に起用されましたが、直後の衆議院選挙で敗北した責任をとりたいとして辞任しました。
その後は党の政治改革本部の事務局長を務め、ことし5月にはコメをめぐる発言で辞任した江藤拓氏の後任の農林水産大臣に起用され、備蓄米の放出に踏み切るなどコメの価格の安定に向けて取り組んできました。
一貫して無派閥で活動を続けてきましたが、同じ神奈川県連に所属する菅元総理大臣と近い関係にあります。
小泉氏は神奈川県横須賀市で生まれ、学生時代はサーフィンにのめり込みました。
2019年にフリーアナウンサーの滝川クリステルさんと結婚し、2人そろって総理大臣官邸を訪れ、当時の安倍総理大臣らに報告したことが注目を集めました。
2児の父親で、環境大臣時代に第一子が誕生した際には、およそ2週間の育児休暇を取得しました。
父親は小泉純一郎・元総理大臣。去年の総裁選挙で幼少期に両親が離婚したことなど家庭環境を赤裸々に明かしたことも話題になりました。
発信力は政界でも随一とされますが、温暖化対策をめぐり「セクシーでなければならない」と述べるなど、発言が物議を醸したこともあります。
落語が好きでたびたび寄席に足を運び、選挙の応援演説などのヒントを得ているといいます。
尊敬する人物はジョン・F・ケネディだということです。
記事に「郵政民営化に反対した相手候補の「刺客」として立候補し、勝利しました」「目標とする政治家は「鉄の女」とも呼ばれたイギリスのサッチャー元首相」とあるため、高市候補のことは新自由主義者と紹介する方が自然かもしれません。